自殺する奴はアホ

2019年12月2日

日本で自殺はケジメつけた!いさぎ良い!侍だ!
賞賛送る人達がいます!

某都知事のあの方ね

なんなんですかね、物凄く気持ち悪いです。

死んだら全て終りなら自殺もありです。

悪い事やりたいだけやれるよ!

むしろやらなきゃ損です。

私は死後の世界信じているので

自殺は絶対にしません!

丹波哲郎さんをTVで見たときにピンと来ました!これはインチキではないと

まあ幼少期の刷り込みと言われればそうなんですが

自殺を選らんだ著名人

中村とうよう

中村 とうよう(なかむら とうよう、本名:中村 東洋、1932年7月17日 – 2011年7月21日)は、日本の音楽評論家、編集者。株式会社ミュージック・マガジンの元・取締役会長、代表取締役。「中村とうよう事務所」代表。武蔵野美術大学客員研究員。

ジャズ、ロック、フォークなどのポピュラー・ミュージックから、ワールド・ミュージック、国内・海外のルーツ・ミュージックまで、幅広く守備範囲とする評論家であり、また、多数のレコード、CDの企画・紹介を行っていた。wikipegia
遺書が公開された。

《例えば老人ホームなどでさんざん周囲の世話になってから死ぬなんてのは、ご免こうむりたい。その代わり一人で死ぬのはもちろん平気だ。孤独死がしばしば問題になるが、一人で生きた老人が誰にも知られずにひっそりと死んでしまったとしたら、それこそ理想的な大往生でしょう。(後略)》
こんなことをこの蘭に書いたのは、07年5月号だった。その前段には《老人としての身の処し方は考えています》なんてセリフがついていたっけ。
(中略)
でも自分ではっきりと言えますよ。ぼくの人生は楽しかった、ってね。この歳までやれるだけのことはやり尽くしたし、もう思い残すことはありません。最後の夜が雨になってしまったのがちょっと残念だけど、でもあたりにハネ飛ぶ汚物を洗い流してくれるんじゃないかって、思っています。実はこのマンションを買ったとき、飛び降りるには絶好の形をしてると思ったんですよ。
という訳なので、読者の皆さん、さようなら。中村とうようというヘンな奴がいたことを、ときどき思い出してください。

うーん 結局無様な様をさらしたくない 逃げの自殺ですね
理想的な大往生ですか 朽ち果てた死体の処理の苦悩、発見者のトラウマ、周りの悲しみなんか全然考えてませんよね?
独りよがりの勝手な自己満足にしか思えません。

江藤淳

江藤 淳(えとう じゅん、1932年(昭和7年)[注釈 1]12月25日 – 1999年(平成11年)7月21日)は、日本の文学評論家、文学博士(慶應義塾大学)。戸籍名は江頭 淳夫(えがしら あつお)、東京工業大学、慶應義塾大学教授等を歴任した。身長160センチ。

「心身の不自由が進み、病苦が堪え難し。去る六月十日、脳梗塞の発作に遭いし以来の江藤淳は、形骸に過ぎず、自ら処決して形骸を断ずる所以なり。乞う、諸君よ、これを諒とせられよ。平成十一年七月二十一日 江藤淳」

文芸評論家らしい遺書書いてます。

この自殺には賞賛送る著名人がいました。

・奥さんの後を追って死んだんだね。とっても美しい・
・美しい限りで、それは、我々が失ったものの大きさをまったく違う次元で十分に贖ってくれるはずではないか。彼から、『諸君よ、これを諒とせられよ』と請われて、彼を愛した者たちとして、何を拒むことが出来るだろうか(石原慎太郎)

・奥さまへのいたわりや、やさしさも生涯、深く貫かれ、本当に後を追うように逝かれたのですね(瀬戸内寂聴)

・彼の強さが、単なる自殺ではなく、矜持を保ったままの”自決”を選ばせたが、その本質は、限りない優しさによる、”妻への殉死”だと思う。(浅利慶太)

これは自殺美化ではないのか?物凄く気持ち悪いんですが・・・・・

西部 邁

西部 邁(にしべ すすむ、1939年(昭和14年)3月15日[1] – 2018年(平成30年)1月21日[2])は、日本の保守派の評論家。雑誌『表現者』顧問、元東京大学教養学部教授。

以前から自死について書いていた。

述者は、結論を先にいうと病院死を選びたくない、と強く感じかつ考えている。おのれの生の最期を他人に命令されたり弄(いじ)り回されたくないからだ。

評論家の西部邁さん(享年78)の自殺を助けた自殺幇助の疑いで東京メトロポリタンテレビジョン(MXテレビ)の子会社の社員ら2人が5日、逮捕された。
窪田容疑者はMXテレビの子会社「MXエンターテインメント」の社員で西部氏が出演する番組のプロデューサーだった。4月24日に予定されている西部氏を忍ぶ会のまとめ役もしていた。警視庁は同日、同社を捜索し、裏付けを進めている。

一方、青山容疑者は20年来の親交があり、西部氏が主宰する私塾の塾頭だったという。2人は1月21日に西部氏を東京都大田区の多摩川に連れていき、西部さんの体をロープを使うなどして川に入水させ、自殺を助けたとされる。

西部は50代の時から自分の生き方の結末を考えていた。55歳の頃には自死への構えがおおよそ定まっていた。2014年に妻と死別して以降はさらにその決意を固めていった。そのころ以降は息子にも自殺を口にするようになり、電話で息子に「お父さんは自殺をすることに決めた」と告げた。健康面では西部は背中に持病を抱えていて激しい痛みに襲われることもあり[25]、皮膚炎や神経痛に悩まされており、重度の頚椎症性脊髄症のため細かな作業や重量のある物を持つことができず、執筆活動が困難になっていた。自殺するまでの数年、親しい人には「死にたい」と漏らしていた。周囲に「ウソじゃないぞ。俺は本当に死ぬつもりなんだぞ」とも語っていた。また娘や息子に迷惑がかからないように人生を終えるといつも言っていた。自殺するまでの数年、木村三浩(一水会代表)に対しては「自分の意思もわからない状態で看取られるのは耐えられない」、「もうそろそろ限界だ」と言っていた。著書などでは「自然死といわれるものの実態は『病院死』にすぎない」、「生の最期を他人に命令されたりいじり回されたくない」、「死に方は生き方の総仕上げだ」と記し、自ら命を絶つ「自裁死」の意思があることを述べてい

結局この人も逃げの自殺ですね(正確には自殺ほう助)
変なプライドですね、いずれは100%死ぬ訳ですから 無駄な迷惑行為にしか思えない。

実際、自殺した場合霊的にはどうなるか?

これはかなり惨いです!
自殺すると本来の寿命まで魂の緒(シルバーコード)切れないので
肉体的苦痛も感じます。
死んでるんだから苦痛も無いだろう!と思うでしょうが
ところが、感じるんですよ これが
自殺は自ら飛び降りとか首つりとか体傷つけている訳で
その苦痛が続くんです。死んだ後も
火葬場で焼かれるのもリアルに苦しい熱い
やめてくれ!と思っても伝わらないし壮絶ですよ!
自分の死に方は自分で決める!と言う変なプライドで
想像を絶する苦しみを味わうなんて本当に愚かです。
ヨボヨボになり他人に世話してもらう方が遥かにマシです!

まとめ 私の見解

なんで人生の最後を自分で終わりにするのかに?

それが美学と言いたいんだろうけど

スピリチュアル的に言うと人生のカリキュラムが決まれている訳で

生きている!という事はカリキュラムが残っているという事です。

それを自分の勝手な理屈付けで自殺することは中途退学みたいなもんで

許される行為ではない!

また残されたカリキュラムがあるからだ!

簡単には生まれ変われないし

人類の最大の罪だと言えます。